唐橋前(からはしまえ)【石山坂本線 各駅探訪】

《歴史が動いた橋のたもと》

2019年2月27日(以下の写真も同じ)

石山坂本線は、京阪石山から石山寺まで、瀬田川に沿って走りますが、そのほぼ中間点に唐橋前駅はあります。住宅地の中の素朴な駅です。
この駅のすぐそばにあるのが、瀬田の唐橋。かつては、広い瀬田川に架かる唯一の橋でした。それゆえに古代から、数々の戦いの舞台となってきた場所です。

近隣の見どころ

瀬田の唐橋

瀬田の唐橋は古代から、京都へ向かう交通の要衝でした。
そのため歴史上何度も、この橋をめぐって戦闘が起こっています。

  • 壬申の乱(大海人皇子が渡河に成功し、大津宮の大友皇子を破る)
  • 藤原仲麻呂の乱(橋を渡ろうとした仲麻呂の軍勢を吉備真備が阻止する)
  • 治承寿永の乱(木曽義仲が平氏を京から追い出したが、源範頼・義経に敗れて、近くの粟津で討ち死にする)
  • 承久の乱(鎌倉幕府軍が渡河に成功、後鳥羽上皇を破る)
  • 本能寺の変(織田信長を討った明智光秀が安土城を目指したが、橋を落とされて3日間足止めされた)

また、藤原秀郷(俵藤太)の大ムカデ退治の伝説も知られています。
この橋に大蛇が横たわり、人々が通れずに困っていたところ、秀郷は構わずに蛇を踏みつけて渡っていきました。
すると大蛇が彼の勇気を見込んで、凶暴な大ムカデの退治を依頼。秀郷は快諾し、三上山(近江富士)に七回り半も巻きつくような大ムカデを矢で仕留めます。
大蛇は喜んで秀郷を竜宮に招待し、米の尽きない米俵や、後に三井寺に伝わる鐘などを贈ったそうです。

現在の瀬田の唐橋は、1979年(昭和54年)に架けられたものですが、擬宝珠(ぎぼし)のいくつかは、古い時代のものが再利用されています。

唐橋から琵琶湖側を望むと、瀬田川大橋やJR琵琶湖線の鉄橋越しに、比良山系が見えます。

《建部大社》(たけべたいしゃ)

近江国一宮。唐橋の東側に位置します。
祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)。景行天皇46年、日本武尊の御妃の、布多遅比売命(ふたじひめのみこと)により創建。白鳳4年(675年)当地に移りました。
拝殿の奥に、日本武尊をまつる本殿と、大己貴命(おおなむちのみこと)をまつる権殿(ごんでん)が並びます。

1160年(永暦元年)、源頼朝が平家に敗れて伊豆へ流される際、ここで源氏再興を祈願しました。願いが叶ったため、30年後に再び当地を訪れ、宝物や土地を寄進したそうです。

建部大社


京阪電気鉄道 石山坂本線

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